びっくりなひとこま&花鳥園

最近、いっちゃんのおもちゃを、なんでもとっちゃう、まはろ。

義父母に、
「まーちゃん、いっちゃんに貸してやって。なんでもとっちゃうんだから」

と言われています。

これって、なんでも欲しいという、まはろの性格ではなくて、
まあ、軽い、いっちゃんに対する焼きもちの感情がめばえたという、
成長と、あとは、なんでも、自分のものにして、とりあえず、
満足っていう、年齢の成長過程で、これが、満足に満たされれば、
ほかの子にも貸してあげられるって気持ちが育つんじゃないかなーと、
母は気長に見守っていたわけです。

じじばば、うるさい!!!みたいな。。。。

そんな、日常で、まはろが、いっちゃんが離乳食をたべてて、
たまたま手に持ってたスプーンをとったんです。

じじばばがすかさず、
「まーちゃん、また、とっちゃうんだから」

といった瞬間、まはろは、いっちゃんのおくちに

あーーん。

私があげてた離乳食を、いっちゃんのお口に食べさせてあげたんです!!!

超!!感動&、いっちゃんの食らいつきように、大笑い。

決めつけて、なんでもとっちゃうだなんて、失礼よね!!!

だから、大人の目線は大嫌いです!!!

言葉が話せなくても、ちゃんと、行動であらわす、まはろでした。

あと、昨日は、掛川と言うところにある、花鳥園にいってきました。

鳥とお花がたくさんあるところでした。

写真はまはろの肩にインコがのった写真です。

どちらも、ビックリなひとこまでした!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いいじゃん!

「いいじゃん!」
最近、上の娘が使う言葉。よく私が心の中で使っている言葉。
「いいじゃん!」

娘は義理母さんが、娘をじっと見るだけでも使う。
「いいじゃん!いいじゃん!いいじゃん!」
すると義理母さん「ばあば何も言ってないだに。じゃあもう何も言わん」
と言う。娘は真剣な顔でいいじゃん!を言って、自分のやりたい事をしている。例えば何かを食べるとか…

そう。この「いいじゃん!」とは肯定的?というか、否定的というか(好きにさせて。放っておいて)の意味で娘は使っているのだ。たった1歳10ヶ月で…

私も、娘と一緒に心の中で「いいじゃん!いいじゃん!いいじゃん!」と言っている。

要は、何でも用意周到でしっかり者の義理母さん。人のすること成すことが気になり、何か言いたい性格なのだ。
孫が可愛くて仕方ないのもあって、食べ物を食べるときも、こぼしたらこぼしたで何か言うし、上手に食べれたら食べれたで何か言うし、要するに、孫にとっても嫁である私にとっても放っておいて欲しい時もあるのだ。


「いいじゃん!」って言ってたまには行き先も告げずに朝から晩まで出かけてみたい。
買い物も目的もなくふらっとお店にはいって、時間を気にしないで待たれないで色々みてみたい。
「いいじゃん!」って言って時間をきにせずだらだら寝てみたい。。
でも同居して共同生活してるからには、不可能な話である。

毎日、定時に起きて、洗濯して、一緒に夕食などの買い物にみんなで行く。田舎?だから車で総出でショッピングモールへいき、帰ってきて、夕飯の支度をして、風呂に入って寝る毎日の繰り返し。
娘は娘で私がちょっとでも姿がないと「ママいない!」と言って探しまわり騒ぎ立てるから、ゆっくり便器にも座れない。

イスに座ってゆっくりお茶なんて難しい。。

やっと落ち着く時間。
誰にも干渉されず誰にも文句を言われない時間。「いいじゃん!」って言わなくてもいい時間が、みんなが寝静まった今みたいな時間。
ああ、落ちつくな。
こういう時間はいいじゃんって心のそこから思う。

最近は免許をとったから、買ってもらった中古のバモスで娘と出かけるのが唯一の自由時間になった。もちろん「どこいくだ?」って聞かれるが。
ちょっと前までは私が免許ないのもあってどこに行くにも家族総出だった。
またそれも義理母さんたちの楽しみという事もわかっているのだが今の私はとにかく毎日娘と外出したいのだ。

東京にいた頃は、1日中、子供と一緒の時間は変わりないけど、誰かと接触したくて買い物にいき、知らないおばさんに話しかけられて嬉しくなったり、薬局の店員さんと売り物の質問をして話したりしただけで嬉しくなったりしていたくらいなのに、いざ、旦那の実家に越してきて、四六時中、誰かと一緒にいると、逆に1人になりたかったりで、自分って本当にわがままだなっていうか、贅沢だなって思う…


これから、孫と出かける楽しみはうばいたくないけど、だからといって娘の昼寝の時間もうばいたくはない。

優先すべきは子供。と旦那は簡単にいうが、そう簡単にもいかないものだ。

「昼寝があるから出かけません」なんて言えないし。

だから昼寝が遅くなり、遅くまで起きてしまい、私の自分の時間が夜中になってしまうのだ。

うーん。

でも、よく考えればこんな悩みも期間限定かな?!

娘は確実に成長しているわけで、こんなに手がかかるのも、逆にいえばあと数年?
幼稚園にでもいくようになればまた違う悩みもでてくるかもしれないが、今のがんじがらめの四六時中、ママと一緒じゃなきゃ嫌だでもなくなるだろうし。


「いいじゃん!」をどこまでやって、どうするか?が今のテーマだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

学んでます(笑)

最近、マハロが自我が芽生え、感情がでてきたため、日々、「これでいいのかな!?」と迷いながらの育児です。 うーん、赤ちゃんのときは大変だと思ってたけど、全然大変じゃなかったなあ。みたいな感じです。

十人いたら十人十色といいますが、育児に関して、私の考えは「常に子どもの立場にたつ」かな…。
だから大人がされたら嫌な事、(ちらかしたり、ぐちゃぐちゃにご飯をいじったり、かべに絵をかいたり、興味あることに全力を注ぐ)を最大限やらせてあげたいと思うんです。
脳や五感の発達ってじつは子どもがいたずらや、動きまわって遊びまわって発達するんじゃないかな?
それをやって物事が色々わかってくる、人との関係が色々わかってくるってなった時、初めて、「これはやっちゃいけないんだ」と気付いたり気付かせたりでいいんじゃないかな!?

その子どもが持っているものを大事にその子を認める。守る。イコール育む??

いま同居している義理母さんは、今年70歳。
それは育児に関してはかなり考えの差があります。

義理母さんは、綺麗好きで世話好きな人で何事にも用意周到な素晴らしい人です。

ですが、それを一歳ちょっとの子どもにも、求めます。
ご飯をたべちらかすのがこの頃の子どもの仕事なのに、「汚さないでたべない。ああ!こぼれちゃった。ちゃっと拭いてやるで、どう、手を貸しない!あれも食べれるようになればいいだに。食べないでちらけると、幼稚園の先生が、幼稚園にこないでと言ってくるだよ」など…

もちろんマハロは反抗してスプーンをバン!と床に投げ捨てます。
何度拾っても、食べ物をおとしたり…

そりゃそうです。
たべちらかしている最中からフキンで、自分のまわりを拭かれたり、手を拭かれたり、ああしなさい、こうしなさいとか言われたら、美味しいものも美味しく食べれませんよね…。

聞いているこっちまで、イライラがつのり…。

マハロも食事中に私の背中をおし、自分たちの部屋でたべたいと行動で示すようになりました。


これはまずいと育児相談に電話で相談したら、色々言われたら、「でも、これは上手に食べられたね」とか子どもの気持ちを母親が言ってあげると、いいかもしれないと言われました。


子どもの気持ちを言葉の話せない子どもにかわって代弁する…。
こうやってぐちゃぐちゃにして食べてみたかったんだよねとか(笑)
特に他人の目が気になる、おばあちゃん世代?には理解ができにくいかもしれません。

考えてみたら…。
よかれと思って色々言ってくれ、やってくださる義理母さんには感謝しなくちゃいけない。

でもその上で、自分の子どもの立場になった時、よかれと思った大人の行動、言動が本当にこの子のためなのかを、慎重に見極め、時には、子どもを保護?しなくちゃいけない事もあるのだなと思った。
他人の目が大事なのか…自分の子どもが本当に大事なら、全てありのままを受け入れられるはずですよね。

人間はだれでも、みんな同じ事をして育ってきているのに、不思議なものでその時、(小さい探検、探訪、好奇心のかたまり)のころの記憶は忘れてしまうようにできているんですね。


大人からみたら、この時期の子どもの行動は、泣くわ騒ぐわ、わめくわ、ぐちゃぐちゃにするわ、食べちらかすわ、何でもくちにいれるわ、いじるわで、困った事の連続かもしれないけれど、子どもにとっては、すべて学びにほかならないのですよね!

人はそんなに簡単には変われないし、変えようと思うほうが無理なので、少なくとも自分が変われるところは努力して、その様にしたいと思います。


子育てはよく「ボランティア」だといいますが、血肉をわけて産み、血である母乳を飲ませて育て、寝る間もおしんで24時間年中無休の子育ては、本当に学びが多い修行のようなものだなと思いました。

まさに、私も学んでいます。
辛くもあり、楽しくもあり…。
わからないから生きているのかなとか色々思ったりしてる日々です。

子どもがのびのびすくすく。心にぽっかり穴。なんて事がないように、頑張って行こうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

〜車というは〜10000kgトラック

今、教習所に通いだして2週間目。

仮免とれましたpaper

その仮免とれる前の技能試験で生まれて初めての最初で最後ともいえる経験をしました。

それは10000kgのトラックに乗った事です。

試験になんかいい年をした武骨そうな男性がきてるなあと思ったら、その人は大型トラックの免許の試験を受けにきている人でした。

私の受験番号は二番。その人は一番。というわけでトラックと何も関係がない私が、トラックの後ろの席に乗るように言われたのです!!

乗るときは自分の肩よりうえの手すりにつかまり階段を三段くらい登りました。トラックの中は意外と広くて、大人ひとりが横に寝るくらいのスペースがありました。


その武骨そうな男性が私に向かって「よろしくお願いします」と真剣に言ったので私も「よろしくお願いします」と心の中では「頑張って下さい」と言いました。

トラックがゴーゴーと真剣に重々しく走る中で私は「この人には受かってもらいたいな」となぜか願ってしまうのでした。

固そうな動きをしているいい年した口ひげを生やした男の人。


いったいなぜ今頃、トラックの免許をとるのだろう?もちろん不況だからかなとかいらぬ想像をして、高々とゆったり見下ろせるトラックからの眺めを満喫したのでした。
あっ!向こうで男の子をひざにのせたお父さんがこのトラックをみてる!!とか(笑)かなりその時間を満喫しました。

トラックの運転は別物だな。とか色々感じました。


試験が終わり男の人に「ありがとうございました」と言われ私もいい、後ろむきでおりないと危ないから気をつけてと試験官に言われ気をつけておりその時間は終わりました。

結局、その人も私も試験には合格でした。


車の運転って…

すぐ目の前をみて運転をしたら車体が歪んでうまく走れない。

車体より40メートル先くらいをみていなくちゃ安定しては走れない。

まるで人生のようだな。

ある程度先を見越して生きなくちゃ、(走らなきゃ)今が大事でも、ぶれてしまうんだな。

ぶれたらブレーキをふみ、方向を整えてまたアクセルをふむのもありだけど、それでは運転が下手だと言われるだろう。

ある程度先の方向をみて走らなくちゃ。


そんなことも車が教えてくれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NHKの日本語であそぼ

上の1歳7ヶ月になる娘が、

毎日毎日。NHKの教育番組を見てるんです。

「にほんごであそぼ」では、

宮沢賢治「雨ニモマケズ」を、ちいさな、3,4歳の

子供たちが、歌にして歌ってるんです。

はい。私も一緒に歌ってます(笑)

娘は語尾だけ歌ってます。

雨にも負けず

「雨ニモマケズ」

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

慾はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

 

今日は朝5時半に起きて、旦那の弁当を作り、

娘のご飯を作り、下の子の世話をし、義理父母と一緒にご飯を食べ、

7時45分に、家の前まで、迎えに来た自動車学校の

送迎バスに乗り、自動車学校に行きました。

学校では、左折ばかりするので、なぜかと教官に質問したら、

「日本は左側通行だからだよ。でも、いい質問だ。

目玉焼きを焼く時に、なぜフライパンに油をひくのかと、

同じで、物事には、すべてに意味がある。

その意味を理解しなければ、なにも、意味がないんだよね。

だからいい質問だ」とほめられました。

そういえば、人からほめられるってことは、ないよな。

嬉しい気持ちになりました。

私は毎日、娘をほめてます。

さっき、いつも夜更かしの上の子が、やっと9時に眠ったと思ったら、

風呂から出てきた、旦那が、無神経にも着替えを取りに来て、

着替えたがために、上の子が起きてしまい。。。

というか、起きるでしょみたいにしていて、

上の子は、眠いの我慢してまで、遊ぶ子なんです。

起きるに決まってるんです。

旦那は、自分が癒されるかのように、いつも、

子供と接するため、困るわけです。

可愛いところだけみないでくださいと言いたいです。

まったく。。。

こちらは、毎日、年中無休で、24時間営業で、

必死こいて育児してるのに、理解がないから、

怒れてきて、言っても、起きるものは起きるという人に、

責任を持って、寝かしてくださいと、頼んだので、今、こうして、

久しぶりの日記を書いているわけでございます。

愚痴るつもりは、ありませんが、

「雨にも負けず」みたいに、生きたいですね。

まだまだだから、怒るんですよね、きっと。

私も、けっして怒らず、いつも静かに笑っていて、

でくのぼうと、よばれていたい。。。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

生まれました♪

12月22日3時20分

pig体重3455g
bud身長51センチ「ituki.jpg」をダウンロード
apple女の子

namae「いつき」

病院に2時に到着してから、1時間20分のスピード出産でしたdash

まあ、それまで、前駆陣痛きていても、まはろを寝かしつけたり、

寝静まった家族にいつ言おうか、不規則な鈍痛に布団の中で、

耐えて、悶々としていましたが(笑)

1年4ヵ月前のマハロを産む時の、陣痛促進剤を使って22時間もかかった、あの難産はなんだったのだろうという感じです。

促進剤は呼吸が合わず死にそうでしたが、今回はちゃんと自分の陣痛の波にのって産めたので、三回目の波にいきんで、楽にスムーズに産めました。
会陰切開せずだったので、胎脂のままのバターを塗った様な、赤ちゃんを、触れました。

産まれでた瞬間は、幸福感でいっぱいでしたconfident

私はというと、父が、天国に行く時から、お腹の中に命を
授かって、今、この瞬間まで、ほんと、いろんなことが
あったので、なんか、泣けてきて泣けてきて、
分娩台で、おいおいと、声を出して、泣いてしまいました。
旦那も、一緒に、泣いてくれました。

いっちゃんは、マハロにそっくりすぎてflairウケますhappy01

双子みたいな姉妹になるのかなあheart02

しかし
ここまでガッツ似ですか〜(笑)

そして、退院の日は、亡き父の誕生日、12月28日。

新しい第一歩を、踏み出した、記念すべき1日となりました。

ではご報告までrock

| | コメント (0) | トラックバック (0)

育児日記について考える。

最近、ネットの育児日記が増えているが、

読んでいくにつれて、自分の中で、?マークがたくさんでてきた。

うーん。

簡単に言うと、「書いてどうするの?」という疑問。

自分の子供のためなら、公開する必要性が無いと思う。

子供のためなら、公開しないほうがいいくらいではないか?

なぜなら、育児日記といえども、こどものプライバシーであるからだ。

公開するということは、誰かに共感してもらったり、育児している自分を認めてもらう的な要素大???

高校の時の倫理の授業で、「人は承認の欲望というのがあって、

それを満たされることで、大変満足するため、人から承認される行いをする」

ということを学んだことがあるが、多くのブログはそれに当てはまるのではないか??

私の場合、読んでもらって、単に嬉しいと今まで、思っていたが、

それも、単なる、自己満足にすぎないのではないかと思えてきた。

世の中には、子供を持つ人、持たない人、もてない人生、

また、もったところで、子供の育児なんて100人いたら100人色あると思う。

人生、みんな千差万別と同じだ。

ただの出来事日記、特に育児となると、つい、自分の子供と他人の子供を比べてしまいがちにもなる。いい意味でも、悪い意味でも。

まして、ブログのための子供の写真をとる。ブログにのせる。

毎日なんの問題なく、できる器用な人もいるだろうけど、その分、こどもと向き合い、

子供についやす時間のほうが大事なのではないか??

また、そこに、感動が込められていれば、いいのだろか???

私のこの日記は、子供のためじゃなく、自分のためにやっている。

自分の心の整理のため。

かくと、自己満かもしれないが、なんか、前に進めているような気になれる。

親にも、旦那にも、友達にも、「ねえ聞いて」と、わざわざ、言わなくても、ブログの白紙の画面が、聞いてほしい時に、全部聞いてくれる。これは、育自分日記か(笑)

この日記を読んでくださる方は手の指で数えられるくらいの方だと思います。

ありがとうございます。

ブログが、情報が氾濫している今、原点に帰り、

「本当に必要なものは、なんなのか」を考えてみた次第です。

うちの旦那は、ブログを読む人ではないですが、

「それを、やる前に、本当にそれをやる余裕があるのかどうか。

(心、時間など)また、その、意味は。また、ブログは、けっして、

自慢になっては、ならない」

というのでした。

世の中には、いろいろの人がいますから、ブログ読むことで、

傷つくひとだっているってことも、忘れては、ならないと思います。

たとえ、育児日記でも・・・。

こどもを、人を、傷つけることに、なりかねない、日記は、考え方によっては、

恐ろしいことかも、しれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虐待の通報

みなさん、ご近所に虐待の可能性があったら、通報する義務があるって、

ご存知でしたか?

私は今日、虐待の通報、110番をしました。

今住んでいるアパートは一戸建ての1階。

かつて2階には母子家庭の4歳の男の子とお母さんがすんでいて、

そのお母さんはよく、子供にどなっていた。

でも、その内容は「お母さん、疲れて帰ってきているの!!もう!」

というかんじで、泣いた男の子も「何で、怒るのー」といっていた。

今、2階に住んでいる母子家庭のひとより、健康的というか、

さほど、問題にはならない、怒鳴りだったなと今は思う。

今、住んでいる人は、また、母子家庭。2歳になる女の子がいる。

すぐ近くに、実家があるらしい。上の部屋があいた時、私の妹が住もうとして、

不動産屋さんに電話したら、そのような先着がいるとの情報を聞いたのだった。

その人は、毎日のように、娘を怒鳴り、泣かせている。

また、泣き方がはんぱなく、40分以上も泣いていることもざらだ。

妊婦の私にとっては、苦痛で、また、子供がかわいそうで、眉をひそめる生活を

しばらくしていた。

40分以上も泣いている時、旦那と、その家の階段の下まで、

とめようか迷って、行ってみたときがあったが、「おまえのせいだ」

と虐待が変に加速しても、逆にその子のためにはならないので、

夫婦で相談して、区に電話することにした。

同じ子を持つ親としては、黙って聞いていられない状況だった。

その後、区の家庭支援課に、3回くらい電話して、

どうにかならないか、相談の電話をしていた。

区は、虐待の通報は、ありがたいし、私が電話したことで、そのお母さんとも、

これから、コミュニケーションをとって、なにかのカリキュラムをやっていくことに

なりましたと、報告の電話が来た。その親も、自分の欠点に気がついているらしい。。

私も、それならと胸をなでおろしていたが、今日も、静岡から帰ってきたら、

泣きながら、その親子が帰ってきて、延々、40分泣いていた。

ドスンと、ものすごい物音が聞こえたり、「死ね!お前なんか嫌いなんだよ!」

とか「だまらせてやろうか?」とか「ごめんなさいをいえ!!!」とか、

半端な剣幕ではなく、娘を外に放り出している音が聞こえ、

いつもと様子が違うので、ついに110番をしたのだった。

平日は、区で、土曜、祝日、深夜の虐待は警察なのだ。

おまわりさんは、すぐ来たが、気の利かない人で、

ノックしても、出てこなくていないとか、うちにピンポンって来て、

思いやりの欠ける人だった。

その母は、虐待している可能性があったとしても、

シングルマザーで、一人で、頑張っているのにはかわりない。

なにか事情だってあるかもしれない。

いきなり警察が来たら、心の負担にだってなるかもしれない。

だから、あくまで、通報をうけたというより、泣き声が聞こえたから、

寄ったということにしてもらわないと、かわいそうだ。

結局、その母は、居留守をしていた。

ぴたっと、虐待らしい音は、それからしなくなった。

子供も、少し泣いていたが、それから静かになった。

いきなり静かになるのも、心配だが。。。

その後、また、おまわりはうちに来て、上の人の名前とか、

大家はどこかとか、聞きにきて、それから、どうなったかは、

わからない。大家はうちの目の前だから、大家さんも、虐待の声、

泣き声は、確実に聞いているはずだが。

上の人は、働いている感じはなく、朝、昼、晩と、出かけていくので、

多分実家に行っていると思うのだが、出かける前にも、子供を怒鳴り、泣かせ、

帰ってくるときも泣きながら家に入れている感じだ。

私が静岡にいったら、その子を守れるのは、区の虐待と親とコミュニケーションをする

チームの人たちか、警察しかいない。

区のシステムは、のんびりで、お気楽だなと思った。

子育てをしていると、毎日、子供とだけで、暮らす日々。

旦那の出勤が早くて、帰りが遅いなら、

子育て中のママは、殆どが息がつまるのではないだろうか?

思い通りに、行かない子供。

話相手にならない子供。

それをパートナーが支えてくれて、ほっとする。

でも、毎日、変わらぬ繰り返しの日々の中で、

上のひとのように、パートナーがいなくて、趣味も、あるかもしれないが、

ストレス発散がうまくない人は、子供にあたってしまうのかな。

これも、東京の核家族がまねく、悲惨な状況なのかな。

まわりに、誰かしら家族がいれば、こんなに子供を怒鳴り散らし、

泣かせっぱなしにすることは、おそらく無いだろうと思う。

・・・自分も、感情のコントロールができず、急いでいる時にいたずらされて、

感情が、カッとなったこともある。

でも、子供は、学びで、それをやっているのであって、成長なのであって、

怒ることに値しない。

また、怒ると、叱るはちがう。

怒るは、自分の感情を子供にあたっているだけ。

叱るは子供に、教えをしている。。。

ここのところ、「母とは。」について、考えさせられる今日この頃である。

母とは、どんなときでも、「エゴ」「自分がかわいい」では、ダメなんだと、

つくづくおもう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

母とは。

8月13日は、まはろの1歳の誕生日だった。

マハロの好きな、日テレのそら次郎の撮影とか

いって、そら次郎のぬいぐるみでも、かってあげたかったけど、

9月4日に静岡に引っ越すため、静岡に行くなら縁切りだと、

途方にくれている実母のところに行った。

母はなぜか、うちの旦那を下に見て、亡くなった父(夫)と一緒で、

私はこの先、母と同じように、苦労すると、勝手に思い込み、決め、

会いたくも無い状況らしいので、旦那には喫茶店などで待っててもらっ

た。

母は、旦那と別れるか、縁を切るか二者択一を以前私にせまり、

うちの近くまで、私とマハロをつれに来たとかいったときも

あったが、私は、母の思惑は受け入れられなかった。

いくら、自分が孫との生活を思い描いて、楽しみにしていたとしても、

私の人生は私が決めることだ。

公園で、実家に連れ帰ろうとする母と、静岡に行くことだけを告げ、

それ以上、時間を共にすごすしかない私との、妙に緊張する時間

が過ぎ、

「さようなら。元気で病気しないで育つんだよ」

とまはろに、言い残し、泣きながら帰った母を、見送って、

私も泣きながら、帰ったこともあった。

それから、数週間後、それでも、私は、母への感謝の想いで、

実家に行った。

実家では、暗い部屋で、母はタバコを吸い、オリンピックをみながら、

いつもはコーヒーしかのまないのに、お酒を飲んでいた。

まはろには、優しく接してくれるが、私たち母と娘は、

目も合わすことなく、無言だった。

私は、落ち着かなかった。

なるようにしかならいない。

マハロが、寝て、2人だけの時間になった。

母は相変わらず、タバコを吸い、赤い顔をして、

カンちゅうはいを飲んでいる。

母はお酒は飲まない人だった。

母の兄はお酒で、亡くなっている。

し、母はお酒を飲む兄弟や親が、泣いたり、けんかしたりの

いい酒というものをみてこなかったから飲まないと、言っていた人だ。

母に、お酒なんか、似合わない。

私が、静岡にいくから、こんなになってしまったのかと思うと、

泣けてきた。

だんだん、過呼吸みたいになってきた。

母は「泣きに来たのか」と言った。

違うけど、苦しい。

母は酔っ払いながら、

「あなたはお母さんに、お母さんはいつも、マイナスのことしかいわな

いよねというけど、

子供育てるにはね、そうだなー。

3歳までは90パーセントほめて育てて、8歳くらいまでは80パーセント。

12歳、中学生までは、70パーセントほめて、それ以上は、

子供がいわれたくないことを親はね、言うんだよ。

ほめてだけ育てれば、どれだけ、楽か。

そういう気持ちを、わかってくれると嬉しいよ。

お前の夫は世間に通用する人間ではないから、

お前がどれだけ苦労するかわからないけど(泣)」

言われている時、お互い、泣いた。

なにより、母が私の夫の何を知って、そんなこというのだろう?

心害だった。

そして、ドラマのお別れのシーンのようだった。

わたしは、お腹に赤ちゃんがいるのに、呼吸が荒くなり、

自分でも、コントロールできないくらい、胸がきもちわるくなり、

何度も、ものすごい吐き気を催した。

化け物のような、吐き気がきて、これ以上、なんの言葉も

受け入れられなくなった。

母は動揺し、つわりと間違えて、「おなかすいてるんじゃないの?」

といいながら、コップに飲み物を注いだり、お菓子を出したりしたが、

そんな問題ではないのだった。

それから、私も少し横になり、マハロが起きたので、かえるとき、

マハロを母が抱いたら、泣き出した。

そしたら「お前が泣くから、子供もわかってるんだよ!!

もう、こんな思いしたくないから、

かえれ!まはろに恨まれたくないから、2度と来るな!!」

といって、母は泣きながらふすまを閉めてしまった。

時間は7時半。

なんだったのだろう???

いままで、すべてのことに対して、なんだったのだろう???

母とは。。。

子供と一緒に孫まで、ずっといられることが幸せなのか??

いや、私はちがう。

まはろが、将来、自分の選んだ人のところへ、嫁に行き、

自分から自立して、離れた時、わたしは、 さみしいとは思わない。

寂しいと思うのは、エゴだとおもう。

もし、寂しいと思っても、それは、娘を笑顔で送り出してから

感じることだ。

子供が、いくら、苦労したとしても、自分の選んだ人生。

自分の選んだ、学びであるだけだ。

苦労しない、何不自由ない人生を、送ったところで、

それが、何なのだというのだろう???

苦労しないことが幸せなのだろうか?

私が静岡に行き、苦労するか、しないかは、わからない。

また、苦労したとしても、それは、私に必要なのであって、

それを乗り越え、自分の選んだ家族とともに、幸せを探して、

生きるのが、私が生まれてきた意味だと私は思っている。

子供に、執着し、生きがいにし、こどもは、そんなためにうまれてきた

んじゃない。

自分がやりたいことをするために、この世に生まれているのだ。

母には、辛くても、乗り越えてもらわないと、どうしようもない。

私は子供を守り、夫を支え、夫の両親を大事にしたい。

嫁いだのだ。

私が幸せになったら、母も幸せなんじゃないのかな。

それが、親孝行なんじゃないのかな。

死ぬまで、そばにいる親子が幸せだろうか?

私の場合は、それじゃ、いつまでも、自立できない。

幸せになれない。

私は親にされて嫌だった事を、自分の子供には、絶対にしない。

また、母を愛し、私は母のありのままを受け入れます。

「あなたがしたいなら、行ってきなさい。幸せになるんだよ。

 東京に来た時は、必ず、寄りなさいね」

と私だったら、娘に言うのですが。

そういわれていないので、、、今のところ、静岡に行ったら、

当分の間は、東京には、来ないことと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

妊婦検診初エコー&はじめの3歩♪

おとといは妊婦検診で、初のお腹のエコーでしたheart
sign03楽しみにいったのに。。。

あいかわらず、エコーの先生(男性陣)は感じ悪いdown
今回は初めての人だったけど、
マハロの時は、それでも、
「ここが、頭で、ここが心臓で、ここが膀胱で」
とか、説明してくれたのに、今回は、無言think

しかも、画面が先生よりで、みにくいしimpact
子連れで、マハロが泣いたら困るからか、
お昼時間だからか、超!!!マキの診察でしたdown

どれだけ、こちらが楽しみに行ってるのか、
わからないのかgawk

「今の時点では、細かいことは、何もわかりません。
今の時点では異常は認められませんが、あとで、
異常が出る可能性もあります」

むかつくーーーーsign03
妊婦を不安にさせてどすんだよぉtyphoon

「細かいことって、たとえば、性別とかですか?!」
「はい。今はわかりません」

・・・うそつき!!!
サービスのいい、助産院なら、19週なら、わかるけどねannoy
と思いながら、まあ、2人目は、生まれるまで、わからなくても、
いいかなと、マハロの時より、性別知りたくはない自分に
気づきましたのでしたpaper

しかし、助産院だと、なんかの時の対応に不安があるため、
大きい病院にしたけど、エコーは、痛いなあ。。。
まあ、和みのある、会話を、大きい病院に求めるのは、
無理なのかな。
病気とか、見てくれてるわけだしねflair

あと、きのうは、マハロが生まれてはじめて、
つかまらないで、パパのところに、3歩歩きましたup
偶然ぽくて、気分に乗らないとというか、私には、まだ、
やってくれませんがcoldsweats01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«人生いろいろ。