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2008年4月

ご報告~命のバトン~

shine突然ですが、2人目を妊娠いたしました。
今年、はじめの目標にしていたのですが、こんなに早く、
夢が叶うとは、思っていませんでしたheart01

予定日は、今年の12月で、日にちも、亡くなった父と
ほぼ、変わりのないという、不思議な現象が起きようとしています。

この子は、父をみとるとき、すでに、お腹にいてくれていました。

あんなに、泣いたり、不規則だったのに、しがみついてくれていて、
本当にありがとうですconfident

これからは、どんなことがあっても、あなたを守り抜いていくからねconfidentheart01

というわけで、年子のママになりますwink

もともと、子育ては、まとめて行ないたかったので、
大変と思うけど、ほんとーーーーーーーにheart01cloversign03
嬉しいですheartheartheart

なので、父に天国で、喜んでもらえるためにも、
家族のためにも、
これから、いろんなこと、一生懸命、がんばりたいと思いますconfident
子育て、優先でpaper

これから、また、まはろと、第二子の育児日記を始めて行きたいと思います

明るい感じで、行きたいと思いますので、
それでは、よろしくお願いしますhappy01heart04

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4月 9日 天国からの風

4月9日、日記を書いた日の午後、18時15分頃、母と私に手を握られたまま
父は、天国からふいた、風とともに、
風や天使につつまれて、天国へのぼって逝ってしまいました。

その日、母と、私とまはろで、
お見舞いと、容体を先生に聞きに行くため、
父の病院へ、向かいました。

ちょっと前まで、会っていた父とは、まるで別人で、
げっそりとし、私をみても、見ているかわからない、
目をしている父がいました。

ここ2,3日で、急変した、父をみて、胸が痛くなった
母と私は、涙を抑え切れませんでした。

でも、言葉にならない言葉で、
「みす、みす、こうり、こうり」
言う父に、
「そんなにたくさん飲んで、大丈夫かなー。のどがかわいたのね」
と、明るくは母答えて、手を握ったり、頬ずりをしたり、
頭をなでたりしていました。
父は、されるがままで、まるで、赤ちゃんのようでした。

先生の説明も、希望が持てるものではなく、
いつ、なにがあるかわからないといった感じでした。

父を見て、残された時間が、本当に本当に、限りあるものと知り、
涙がポタポタと、父の布団に落ちました。
「泣いている顔なんかみたくないよ」
と母に怒られ、でも、母も、泣いていました。

父は、言葉にならない声で、色々発音をし、
母が、「おうちに帰りたいの?」
と聞き、うんうん、と、深くうなずいて、
なにか、納得したようにうなづいたあと、
それから父は意思表示をすることはありませんでした。

遠く高い、空を見るような目で、
天井をみたまま、
ただただ、
息をしているだけになりました。

三途の川をみているのか、アカシックレコードをみているのか。

もう、この世のものが映っている目ではありませんでした。
昨日、電話で話した父なのに。。。
でも、こうなることを、覚悟に覚悟を重ねて今まで
生きてきたのだから、あとは、父が、苦しまないように、
お祈りをしようと思いました。
そして、観音様にお祈りしました。

「父がどうか、苦しまないで、天国へ行けますように」

18時まえ。母がトイレに行っている間、
私が父の手を握っていました。
「お父さん、ありがとう!
本当に、今まで、たくさん、がんばってくれて、ありがとう!
お母さんも、妹も、なみも、
みんな、お父さんのことが大好きだよ!!!大好きだからね!!」
何回も、何回も、言いました。
血圧が、60台から、88にあがりました。

・・・それから、父の酸素マスクが曇らなくなったことから、
息をしなくなってると思い、母に電話をし、ナースコールをしました。
みんなに見守られ、18時をすぎるころから、どんどん、血圧が下がり、
60、50、40、30・・・・。
何もなすすべがないまま、
父は、あっという間にふいた、天国からの風につつまれて、
天国に、のぼっていってしまいました。
母と私に、手を握られたまま・・・。
風は、あっという間に吹いて、
とめられない、自然の出来事ですね。。。

妹は、私たち、家族のための仕事で、駆けつけられませんでした。
でも、妹は妹なりのお別れをしていたと思います。
いろいろ、ありがとうね。

残された時間は、思ったよりも、本当に本当に、短かいものでした。

笑ってくれる奇跡は。。。
きっと、いつか、私が父の元に行った時、
たくさん見る事ができると、楽しみにしたいと思います。
最後に父が笑ってくれたのは、
1週間前、まはろをあやしている時でした。

葬儀に来てくださった、お坊さんがこう言っていました。
「亡き人とのお別れは本当のお別れじゃない。
また、天国で、再会する、しばしの別れです。
また、亡き人は、仏様となって、いつでもどこでも、
私たちを抱きしめ、見守っていてくれています。
さようならではなく、ありがとうです」

明日で、初七日です。
この1週間は、1年以上の月日に感じました。

今の私は、何のくいもない、晴れやかな気持ちです。
わけもなく、流れる涙は、いつか、止まります。

何十回、何百回も、「辛いから、死にたい」といっていた
お父さん。
今は、肉体の苦しみから解放されて、よかったね。
とっても、綺麗なお顔で、若返ったようだったよ。
おかんと、妹と、話してたよ^^

お父さん、本当に、いっぱい、いっぱい、
ありがとう!!!

また、会う日まで!

なみも、これから、お父さんみたいに、
家族のため、支えてくれている、みんなのために、
がんばります!

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4月8日 残された時間。

私の父親が、病で、昨年の冬、余命を告げられてから、
今、私の誕生月、4月になりました。

父は、私が生まれる前から、腎臓をわずらって、あと、3年の命といわれていたのに、私が生まれて、
妹が、生まれて・・・家族4人。

本当に楽しいこと、辛いこと、色んなことがあったけど、
病気の体で、一緒にともに、生きてきてくれました。

病気の父を、34年間、母は、いろんなことに耐え、
本当、一生懸命、わたしたち、家族の幸せのために、
たくさんの苦労をし、私たち、娘を育て、
父を、支え、がんばってきてくれました。

おととし、還暦を向かえた父。今は、61歳。
人生の折り返しといわれる、1歳になったばっかりです。

あたたかい風がふき、お花が咲いて、
卒業と、はじまりが来る春に、
父は、今、医学的には本当に、危ない状態です。

まだ、生きていてくれているのに、私1人、声をだして、
おえつして、泣いたり、
母や、妹と、父のため、こうしてあげよう、ああしてあげよう、
と考え、母と妹と、3人、涙ぐんだり、
もう、会えなくなるんじゃないか、
もう、会えなくなるんじゃないか、
と、思いながら、まはろが生まれるちょっと前から、
残された時間を、かみしめ、かみしめ、生きてきました。

ですが、今、本当に、父との残された時間の重さを実感しています。
時は、刻、一刻と、過ぎていく。。。

神様が、私たち、か弱い、私と、母と、妹に、
心の準備をさせてくださっていることに、心から、感謝しています。

まはろも、じいじ、おぼえたしね^^
会えたものね!!!
ママはじいじには、会えなかったんだよ。
でも、いつか、会えると思うけどね^^

この世界は、たくさんの奇跡で、みんな生きていると思います。
生まれ出る、命。
また、故郷に帰る、命。
それだけじゃない、たくさんの小さな奇跡のつみかさねで、
生きているのだと思います。

わたしは、父が、たくさん、笑ってくれる、奇跡のために、
これから、できるだけ、父に会いにいこうと思います。

家族は、永遠。
残された時間は、わずかで、二度と、繰り返せないけど、
ともにすごした、幸せな時間は・・・。
永遠に。

愛の記憶です。

笑って、泣ける人生をおくれたら、幸せだと、
高校の時から、思ってました。

なので、これからは、つつましく生きて行きますので、
どうぞ、見守っていただければ、幸いです。

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