4月9日、日記を書いた日の午後、18時15分頃、母と私に手を握られたまま
父は、天国からふいた、風とともに、
風や天使につつまれて、天国へのぼって逝ってしまいました。
その日、母と、私とまはろで、
お見舞いと、容体を先生に聞きに行くため、
父の病院へ、向かいました。
ちょっと前まで、会っていた父とは、まるで別人で、
げっそりとし、私をみても、見ているかわからない、
目をしている父がいました。
ここ2,3日で、急変した、父をみて、胸が痛くなった
母と私は、涙を抑え切れませんでした。
でも、言葉にならない言葉で、
「みす、みす、こうり、こうり」
言う父に、
「そんなにたくさん飲んで、大丈夫かなー。のどがかわいたのね」
と、明るくは母答えて、手を握ったり、頬ずりをしたり、
頭をなでたりしていました。
父は、されるがままで、まるで、赤ちゃんのようでした。
先生の説明も、希望が持てるものではなく、
いつ、なにがあるかわからないといった感じでした。
父を見て、残された時間が、本当に本当に、限りあるものと知り、
涙がポタポタと、父の布団に落ちました。
「泣いている顔なんかみたくないよ」
と母に怒られ、でも、母も、泣いていました。
父は、言葉にならない声で、色々発音をし、
母が、「おうちに帰りたいの?」
と聞き、うんうん、と、深くうなずいて、
なにか、納得したようにうなづいたあと、
それから父は意思表示をすることはありませんでした。
遠く高い、空を見るような目で、
天井をみたまま、
ただただ、
息をしているだけになりました。
三途の川をみているのか、アカシックレコードをみているのか。
もう、この世のものが映っている目ではありませんでした。
昨日、電話で話した父なのに。。。
でも、こうなることを、覚悟に覚悟を重ねて今まで
生きてきたのだから、あとは、父が、苦しまないように、
お祈りをしようと思いました。
そして、観音様にお祈りしました。
「父がどうか、苦しまないで、天国へ行けますように」
18時まえ。母がトイレに行っている間、
私が父の手を握っていました。
「お父さん、ありがとう!
本当に、今まで、たくさん、がんばってくれて、ありがとう!
お母さんも、妹も、なみも、
みんな、お父さんのことが大好きだよ!!!大好きだからね!!」
何回も、何回も、言いました。
血圧が、60台から、88にあがりました。
・・・それから、父の酸素マスクが曇らなくなったことから、
息をしなくなってると思い、母に電話をし、ナースコールをしました。
みんなに見守られ、18時をすぎるころから、どんどん、血圧が下がり、
60、50、40、30・・・・。
何もなすすべがないまま、
父は、あっという間にふいた、天国からの風につつまれて、
天国に、のぼっていってしまいました。
母と私に、手を握られたまま・・・。
風は、あっという間に吹いて、
とめられない、自然の出来事ですね。。。
妹は、私たち、家族のための仕事で、駆けつけられませんでした。
でも、妹は妹なりのお別れをしていたと思います。
いろいろ、ありがとうね。
残された時間は、思ったよりも、本当に本当に、短かいものでした。
笑ってくれる奇跡は。。。
きっと、いつか、私が父の元に行った時、
たくさん見る事ができると、楽しみにしたいと思います。
最後に父が笑ってくれたのは、
1週間前、まはろをあやしている時でした。
葬儀に来てくださった、お坊さんがこう言っていました。
「亡き人とのお別れは本当のお別れじゃない。
また、天国で、再会する、しばしの別れです。
また、亡き人は、仏様となって、いつでもどこでも、
私たちを抱きしめ、見守っていてくれています。
さようならではなく、ありがとうです」
明日で、初七日です。
この1週間は、1年以上の月日に感じました。
今の私は、何のくいもない、晴れやかな気持ちです。
わけもなく、流れる涙は、いつか、止まります。
何十回、何百回も、「辛いから、死にたい」といっていた
お父さん。
今は、肉体の苦しみから解放されて、よかったね。
とっても、綺麗なお顔で、若返ったようだったよ。
おかんと、妹と、話してたよ^^
お父さん、本当に、いっぱい、いっぱい、
ありがとう!!!
また、会う日まで!
なみも、これから、お父さんみたいに、
家族のため、支えてくれている、みんなのために、
がんばります!
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