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2008年8月

育児日記について考える。

最近、ネットの育児日記が増えているが、

読んでいくにつれて、自分の中で、?マークがたくさんでてきた。

うーん。

簡単に言うと、「書いてどうするの?」という疑問。

自分の子供のためなら、公開する必要性が無いと思う。

子供のためなら、公開しないほうがいいくらいではないか?

なぜなら、育児日記といえども、こどものプライバシーであるからだ。

公開するということは、誰かに共感してもらったり、育児している自分を認めてもらう的な要素大???

高校の時の倫理の授業で、「人は承認の欲望というのがあって、

それを満たされることで、大変満足するため、人から承認される行いをする」

ということを学んだことがあるが、多くのブログはそれに当てはまるのではないか??

私の場合、読んでもらって、単に嬉しいと今まで、思っていたが、

それも、単なる、自己満足にすぎないのではないかと思えてきた。

世の中には、子供を持つ人、持たない人、もてない人生、

また、もったところで、子供の育児なんて100人いたら100人色あると思う。

人生、みんな千差万別と同じだ。

ただの出来事日記、特に育児となると、つい、自分の子供と他人の子供を比べてしまいがちにもなる。いい意味でも、悪い意味でも。

まして、ブログのための子供の写真をとる。ブログにのせる。

毎日なんの問題なく、できる器用な人もいるだろうけど、その分、こどもと向き合い、

子供についやす時間のほうが大事なのではないか??

また、そこに、感動が込められていれば、いいのだろか???

私のこの日記は、子供のためじゃなく、自分のためにやっている。

自分の心の整理のため。

かくと、自己満かもしれないが、なんか、前に進めているような気になれる。

親にも、旦那にも、友達にも、「ねえ聞いて」と、わざわざ、言わなくても、ブログの白紙の画面が、聞いてほしい時に、全部聞いてくれる。これは、育自分日記か(笑)

この日記を読んでくださる方は手の指で数えられるくらいの方だと思います。

ありがとうございます。

ブログが、情報が氾濫している今、原点に帰り、

「本当に必要なものは、なんなのか」を考えてみた次第です。

うちの旦那は、ブログを読む人ではないですが、

「それを、やる前に、本当にそれをやる余裕があるのかどうか。

(心、時間など)また、その、意味は。また、ブログは、けっして、

自慢になっては、ならない」

というのでした。

世の中には、いろいろの人がいますから、ブログ読むことで、

傷つくひとだっているってことも、忘れては、ならないと思います。

たとえ、育児日記でも・・・。

こどもを、人を、傷つけることに、なりかねない、日記は、考え方によっては、

恐ろしいことかも、しれません。

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虐待の通報

みなさん、ご近所に虐待の可能性があったら、通報する義務があるって、

ご存知でしたか?

私は今日、虐待の通報、110番をしました。

今住んでいるアパートは一戸建ての1階。

かつて2階には母子家庭の4歳の男の子とお母さんがすんでいて、

そのお母さんはよく、子供にどなっていた。

でも、その内容は「お母さん、疲れて帰ってきているの!!もう!」

というかんじで、泣いた男の子も「何で、怒るのー」といっていた。

今、2階に住んでいる母子家庭のひとより、健康的というか、

さほど、問題にはならない、怒鳴りだったなと今は思う。

今、住んでいる人は、また、母子家庭。2歳になる女の子がいる。

すぐ近くに、実家があるらしい。上の部屋があいた時、私の妹が住もうとして、

不動産屋さんに電話したら、そのような先着がいるとの情報を聞いたのだった。

その人は、毎日のように、娘を怒鳴り、泣かせている。

また、泣き方がはんぱなく、40分以上も泣いていることもざらだ。

妊婦の私にとっては、苦痛で、また、子供がかわいそうで、眉をひそめる生活を

しばらくしていた。

40分以上も泣いている時、旦那と、その家の階段の下まで、

とめようか迷って、行ってみたときがあったが、「おまえのせいだ」

と虐待が変に加速しても、逆にその子のためにはならないので、

夫婦で相談して、区に電話することにした。

同じ子を持つ親としては、黙って聞いていられない状況だった。

その後、区の家庭支援課に、3回くらい電話して、

どうにかならないか、相談の電話をしていた。

区は、虐待の通報は、ありがたいし、私が電話したことで、そのお母さんとも、

これから、コミュニケーションをとって、なにかのカリキュラムをやっていくことに

なりましたと、報告の電話が来た。その親も、自分の欠点に気がついているらしい。。

私も、それならと胸をなでおろしていたが、今日も、静岡から帰ってきたら、

泣きながら、その親子が帰ってきて、延々、40分泣いていた。

ドスンと、ものすごい物音が聞こえたり、「死ね!お前なんか嫌いなんだよ!」

とか「だまらせてやろうか?」とか「ごめんなさいをいえ!!!」とか、

半端な剣幕ではなく、娘を外に放り出している音が聞こえ、

いつもと様子が違うので、ついに110番をしたのだった。

平日は、区で、土曜、祝日、深夜の虐待は警察なのだ。

おまわりさんは、すぐ来たが、気の利かない人で、

ノックしても、出てこなくていないとか、うちにピンポンって来て、

思いやりの欠ける人だった。

その母は、虐待している可能性があったとしても、

シングルマザーで、一人で、頑張っているのにはかわりない。

なにか事情だってあるかもしれない。

いきなり警察が来たら、心の負担にだってなるかもしれない。

だから、あくまで、通報をうけたというより、泣き声が聞こえたから、

寄ったということにしてもらわないと、かわいそうだ。

結局、その母は、居留守をしていた。

ぴたっと、虐待らしい音は、それからしなくなった。

子供も、少し泣いていたが、それから静かになった。

いきなり静かになるのも、心配だが。。。

その後、また、おまわりはうちに来て、上の人の名前とか、

大家はどこかとか、聞きにきて、それから、どうなったかは、

わからない。大家はうちの目の前だから、大家さんも、虐待の声、

泣き声は、確実に聞いているはずだが。

上の人は、働いている感じはなく、朝、昼、晩と、出かけていくので、

多分実家に行っていると思うのだが、出かける前にも、子供を怒鳴り、泣かせ、

帰ってくるときも泣きながら家に入れている感じだ。

私が静岡にいったら、その子を守れるのは、区の虐待と親とコミュニケーションをする

チームの人たちか、警察しかいない。

区のシステムは、のんびりで、お気楽だなと思った。

子育てをしていると、毎日、子供とだけで、暮らす日々。

旦那の出勤が早くて、帰りが遅いなら、

子育て中のママは、殆どが息がつまるのではないだろうか?

思い通りに、行かない子供。

話相手にならない子供。

それをパートナーが支えてくれて、ほっとする。

でも、毎日、変わらぬ繰り返しの日々の中で、

上のひとのように、パートナーがいなくて、趣味も、あるかもしれないが、

ストレス発散がうまくない人は、子供にあたってしまうのかな。

これも、東京の核家族がまねく、悲惨な状況なのかな。

まわりに、誰かしら家族がいれば、こんなに子供を怒鳴り散らし、

泣かせっぱなしにすることは、おそらく無いだろうと思う。

・・・自分も、感情のコントロールができず、急いでいる時にいたずらされて、

感情が、カッとなったこともある。

でも、子供は、学びで、それをやっているのであって、成長なのであって、

怒ることに値しない。

また、怒ると、叱るはちがう。

怒るは、自分の感情を子供にあたっているだけ。

叱るは子供に、教えをしている。。。

ここのところ、「母とは。」について、考えさせられる今日この頃である。

母とは、どんなときでも、「エゴ」「自分がかわいい」では、ダメなんだと、

つくづくおもう。

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母とは。

8月13日は、まはろの1歳の誕生日だった。

マハロの好きな、日テレのそら次郎の撮影とか

いって、そら次郎のぬいぐるみでも、かってあげたかったけど、

9月4日に静岡に引っ越すため、静岡に行くなら縁切りだと、

途方にくれている実母のところに行った。

母はなぜか、うちの旦那を下に見て、亡くなった父(夫)と一緒で、

私はこの先、母と同じように、苦労すると、勝手に思い込み、決め、

会いたくも無い状況らしいので、旦那には喫茶店などで待っててもらっ

た。

母は、旦那と別れるか、縁を切るか二者択一を以前私にせまり、

うちの近くまで、私とマハロをつれに来たとかいったときも

あったが、私は、母の思惑は受け入れられなかった。

いくら、自分が孫との生活を思い描いて、楽しみにしていたとしても、

私の人生は私が決めることだ。

公園で、実家に連れ帰ろうとする母と、静岡に行くことだけを告げ、

それ以上、時間を共にすごすしかない私との、妙に緊張する時間

が過ぎ、

「さようなら。元気で病気しないで育つんだよ」

とまはろに、言い残し、泣きながら帰った母を、見送って、

私も泣きながら、帰ったこともあった。

それから、数週間後、それでも、私は、母への感謝の想いで、

実家に行った。

実家では、暗い部屋で、母はタバコを吸い、オリンピックをみながら、

いつもはコーヒーしかのまないのに、お酒を飲んでいた。

まはろには、優しく接してくれるが、私たち母と娘は、

目も合わすことなく、無言だった。

私は、落ち着かなかった。

なるようにしかならいない。

マハロが、寝て、2人だけの時間になった。

母は相変わらず、タバコを吸い、赤い顔をして、

カンちゅうはいを飲んでいる。

母はお酒は飲まない人だった。

母の兄はお酒で、亡くなっている。

し、母はお酒を飲む兄弟や親が、泣いたり、けんかしたりの

いい酒というものをみてこなかったから飲まないと、言っていた人だ。

母に、お酒なんか、似合わない。

私が、静岡にいくから、こんなになってしまったのかと思うと、

泣けてきた。

だんだん、過呼吸みたいになってきた。

母は「泣きに来たのか」と言った。

違うけど、苦しい。

母は酔っ払いながら、

「あなたはお母さんに、お母さんはいつも、マイナスのことしかいわな

いよねというけど、

子供育てるにはね、そうだなー。

3歳までは90パーセントほめて育てて、8歳くらいまでは80パーセント。

12歳、中学生までは、70パーセントほめて、それ以上は、

子供がいわれたくないことを親はね、言うんだよ。

ほめてだけ育てれば、どれだけ、楽か。

そういう気持ちを、わかってくれると嬉しいよ。

お前の夫は世間に通用する人間ではないから、

お前がどれだけ苦労するかわからないけど(泣)」

言われている時、お互い、泣いた。

なにより、母が私の夫の何を知って、そんなこというのだろう?

心害だった。

そして、ドラマのお別れのシーンのようだった。

わたしは、お腹に赤ちゃんがいるのに、呼吸が荒くなり、

自分でも、コントロールできないくらい、胸がきもちわるくなり、

何度も、ものすごい吐き気を催した。

化け物のような、吐き気がきて、これ以上、なんの言葉も

受け入れられなくなった。

母は動揺し、つわりと間違えて、「おなかすいてるんじゃないの?」

といいながら、コップに飲み物を注いだり、お菓子を出したりしたが、

そんな問題ではないのだった。

それから、私も少し横になり、マハロが起きたので、かえるとき、

マハロを母が抱いたら、泣き出した。

そしたら「お前が泣くから、子供もわかってるんだよ!!

もう、こんな思いしたくないから、

かえれ!まはろに恨まれたくないから、2度と来るな!!」

といって、母は泣きながらふすまを閉めてしまった。

時間は7時半。

なんだったのだろう???

いままで、すべてのことに対して、なんだったのだろう???

母とは。。。

子供と一緒に孫まで、ずっといられることが幸せなのか??

いや、私はちがう。

まはろが、将来、自分の選んだ人のところへ、嫁に行き、

自分から自立して、離れた時、わたしは、 さみしいとは思わない。

寂しいと思うのは、エゴだとおもう。

もし、寂しいと思っても、それは、娘を笑顔で送り出してから

感じることだ。

子供が、いくら、苦労したとしても、自分の選んだ人生。

自分の選んだ、学びであるだけだ。

苦労しない、何不自由ない人生を、送ったところで、

それが、何なのだというのだろう???

苦労しないことが幸せなのだろうか?

私が静岡に行き、苦労するか、しないかは、わからない。

また、苦労したとしても、それは、私に必要なのであって、

それを乗り越え、自分の選んだ家族とともに、幸せを探して、

生きるのが、私が生まれてきた意味だと私は思っている。

子供に、執着し、生きがいにし、こどもは、そんなためにうまれてきた

んじゃない。

自分がやりたいことをするために、この世に生まれているのだ。

母には、辛くても、乗り越えてもらわないと、どうしようもない。

私は子供を守り、夫を支え、夫の両親を大事にしたい。

嫁いだのだ。

私が幸せになったら、母も幸せなんじゃないのかな。

それが、親孝行なんじゃないのかな。

死ぬまで、そばにいる親子が幸せだろうか?

私の場合は、それじゃ、いつまでも、自立できない。

幸せになれない。

私は親にされて嫌だった事を、自分の子供には、絶対にしない。

また、母を愛し、私は母のありのままを受け入れます。

「あなたがしたいなら、行ってきなさい。幸せになるんだよ。

 東京に来た時は、必ず、寄りなさいね」

と私だったら、娘に言うのですが。

そういわれていないので、、、今のところ、静岡に行ったら、

当分の間は、東京には、来ないことと思います。

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妊婦検診初エコー&はじめの3歩♪

おとといは妊婦検診で、初のお腹のエコーでしたheart
sign03楽しみにいったのに。。。

あいかわらず、エコーの先生(男性陣)は感じ悪いdown
今回は初めての人だったけど、
マハロの時は、それでも、
「ここが、頭で、ここが心臓で、ここが膀胱で」
とか、説明してくれたのに、今回は、無言think

しかも、画面が先生よりで、みにくいしimpact
子連れで、マハロが泣いたら困るからか、
お昼時間だからか、超!!!マキの診察でしたdown

どれだけ、こちらが楽しみに行ってるのか、
わからないのかgawk

「今の時点では、細かいことは、何もわかりません。
今の時点では異常は認められませんが、あとで、
異常が出る可能性もあります」

むかつくーーーーsign03
妊婦を不安にさせてどすんだよぉtyphoon

「細かいことって、たとえば、性別とかですか?!」
「はい。今はわかりません」

・・・うそつき!!!
サービスのいい、助産院なら、19週なら、わかるけどねannoy
と思いながら、まあ、2人目は、生まれるまで、わからなくても、
いいかなと、マハロの時より、性別知りたくはない自分に
気づきましたのでしたpaper

しかし、助産院だと、なんかの時の対応に不安があるため、
大きい病院にしたけど、エコーは、痛いなあ。。。
まあ、和みのある、会話を、大きい病院に求めるのは、
無理なのかな。
病気とか、見てくれてるわけだしねflair

あと、きのうは、マハロが生まれてはじめて、
つかまらないで、パパのところに、3歩歩きましたup
偶然ぽくて、気分に乗らないとというか、私には、まだ、
やってくれませんがcoldsweats01

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