ずっと、記録したいと思っていた、出産体験を書きます。
2007.8.12(日)
暑い、夏の日でした。もう臨月の大きなお腹で、仰向けに寝ているときのこと。
お腹のまはろが、なにやらごそごそと、動いて目が覚めました。
寝汗やら、浅い睡眠やらで、ここのところ熟睡できていないなあと、
思いながら、トイレへいくと、薄いピンクのおしるしがありました。
予定日2日前。
水曜の検診では、子宮口、全然開いてないって、男の先生に
迷惑そうにいわれたし、この調子じゃ、予定日過ぎるかなーなんて
思ったりしたけど、前々から、まはろには「13日に生まれてきてね」
とお願いしていた。
だって、パパがお盆休みに入れるから、立会い(たち愛?)(笑)
してもらえるし、その日は、「しし座流星群」がながれるそうな。
考えてるうちにパパが起きてきて、明日の日曜からの休みに
備えて、ちょっとだけ仕事にいってくると出かけていった。
その間に、洗濯、へや掃除、床掃除、風呂掃除、
ブルースターに水遣り(この花のエピソードは後ほど書きます)
など結構、やることたくさんあって、息つくひまもなく、動いていた。
あっ、明日から、私の実家に泊まる予定だったので。
私的には、実家は狭くて落ち着かないからそのまま陣痛くることを望んでました。
あとから考えたら、掃除やらしているときから、陣痛始まってました(汗)
弱い生理痛みたいのがあって横になってうとうとしてたら、
パパ帰宅。
めっちゃ大変なしごと、片付けてきたらしく、暑い中、汗びしょだった。
バス→電車で移動中、生理痛みたいのが15分間隔くらいであった。
パパに腕時計を見てもらいながら夕暮れになる夏の中を歩いてました。
私「痛い。きたきた!これ陣痛かな??今からスタートね」
パパ「はい」(パパ時計をみる)
私「今何分?」
パパ「10分」
痛み終了私「今何分?」
パパ「30分」
私「20分かあ。。。」
というぐあいに・・・。
新宿駅に着き、ヨドバシカメラに寄り、ビデオカメラの充電器を購入。
小田急ハルクの地下でパパと夕食のカレーを食べた。
めちゃおいしかった!
2人で大満足でした。
と、生理っぽい感じがしたので、トイレへ直行すると、なんと
おしるしが!!ついにきたの?!
嬉しいケド、緊張で、ワクワク、そわそわ、なちょっと遠足気分♪感じ。
コンビにによって大好きな、ミルクティーや、菓子パンなどを購入。
そのままタクシーで帰省しました。
実家には、妹がいた。父はとある病気で入院中。
ってか、この時点で、夜8時はまわっていて、
陣痛らしき痛みが、10分間隔に。
母は仕事で、まだ帰ってこないし病院にTELしてこの状態は大丈夫か聞いてみることにした。
電話の向こうの看護師さんは、穏やかな口調で「5分間隔になったら病院にきてください」
と言いっていて、とりあえず、お風呂に入ることにした。
産むまで、これが、最後のシャワーかなーなんて思いながら、
パパが立ち会った時、いいにおいがしたいナーなんて思いながら、
入りました。実際、出産時は、めちゃそんなとこでは、なかったけど(笑)
あいかわらず、生理らしき出血と、鈍い痛みが、10分間隔であり、
パパに「今何プン?」って聞くのが、自分の安心のための発声になっていた。
とうとう夜11時ごろ母帰宅。痛みが5分間隔くらいになってきたので、
病院にTELして、病院にいくことになった。
歩いて10分の近い場所だけど、陣痛、途中できたら、歩けないんだって。
母の勧めで、タクシーを呼んで、タクシーで行った。
夜間だから、救急の入り口に到着。病院について、真っ先に夜空をみあげた。
(流れ星あるかなー♪もう、私、産むのね♪)
このときは、結構、余裕なかんじでした。
産科の病棟につき、すぐに、内診。もう、子宮口3,4センチ開いてるとの事。
もう、診察のベッドで待ってるときから、痛みが強烈になりつつあり、
パパと母との会話で、紛らわしてました。
「もう、3,4センチだって!!もしかして安産かも!?」
なんて、笑っちゃったりして。あとからまだまだ、痛みの道がつづくのを知らずに。。。
それからLDR室は予約してたけど先着順で、もう、先着がいるとの事で陣痛室に通された。がっかりー&
なんで陣痛室に、ほかの人がいるのー!!!
でした。ほかの、ご夫婦が、ベッドに奥さん、横の布団に旦那さんが寝てた。
なんかヤダ!!と思い、無理言って、産科の入院病棟の
テレビとかがある、ソファーのところで、陣痛を逃すことになりました。
もう、このころは、陣痛MAXで、指1本も触れられるのが、
嫌なくらいでした。
でも、パパは、両親学級で習った、陣痛逃し(尾骨をおさえる)
をやってくれたり、母は、私のために飲み物を買いにいってくれたり
さすってくれたり。助産師さんは、背中から腰をさすってくれ、
おまじないみたいに
「はい、息をすって~、はいて~。はーい、痛みがどんどんひいていきまーす」
の呪文をかけてくれ、ほんとにそんな感じで、
陣痛の波が来ては、引きの繰り返しでした。
・・・もう、窓の外は、明るくなっていました。
眠たくなってるはずのパパも母も、がんばってそばにいてくれて、
本当にありがたかったです。
やがて、もう、陣痛室にいかなきゃのときが来ました。
隣に人がいようが、なんだろうが関係なく、文句も要望も言えないくらいの痛みがきました。
陣痛の波の痛くない合間に、陣痛室へ移動。
ベッドで、パン!!!破水だ!!!
本当に風船がはじけて割れるみたいに音が自分には、聞こえ、
やがて、温かい羊水が流れ出しました。
と同時に足はつるし、(ナースコールして)きてくれても、
「お水でたかんじですか?」とか、のんきだし、足つってるの、自分でなおした。
パパは、売店にいって、私のためにカロリーメイトとか、温かいお茶を
買いに行ってくれてて、母は一時帰宅して、私のために温かいお茶を
ポットにいれに行ってくれてました。
自分的には、地獄絵馬!?
実家でトイレ行ってから1回も行ってないから行ってくださいと言われ
陣痛の痛みで、まったく尿意はないし、座っても、1滴も出ない。
痛みで出ないのでした。
それから、朦朧と陣痛との戦いでした。
とにかく、汗で寒くて、パジャマはびしょびしょ。
パパに腰にカイロをずっと当ててもらっていました。
母の手を握り、なんど、こねくり回しちゃったことか。
私は、陣痛の間、赤ちゃんが、降りて来やすいように、
重力が下に働くように、ずっと座っていました。
朝食の放送が入り、内診やらで、ベッドに横になり、
そのまま陣痛を横向きで耐えました。
そのとき考えていたのは
「神様、母になるには、まだ痛みが必要ですか?」
でした。イルカが、お産を助けてくれると聞いていたので、ひたすら、
イルカさんをイメージしたりしていました。
妊婦検診でお世話になっていた、女医先生が途中、ほかの先生をひきつれて
「痛い?がんばりましょうね」と励ましに来てくれた。
おもわず、「先生、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
と手を握ってしまった。
それから、ずっと、
母になるには母になるにはまだ痛みが
必要ですか?
を、唱え、痛みをこらえきれずに、一人でいきんでました。
数回、勝手にいきんでました。
すると、内診がきて、やっとのことで、あおむけになり、
内診をうけると2人の助産師さんが「もう、全開です」といいました。
産むより、陣痛が痛いと聞いていた私。
思わず、泣いてしまいました。これで、ほとんど、大丈夫だと・・・。
パパも、一緒に泣いてくれました。本当に感動の時間でした。
まはろは、胎動はないけど、胎児心拍音は、ちゃんと聞こえていました。
パパ「あと、もう少しだから、がんばろうね」
私「(泣きながら)嬉しいよ。うん、がんばる!!!」
気合を入れて、食欲はないものの、カロリーメイトにがっつき、
分娩室へ歩いて移動しました。
・・・分娩台にあがったときには、
陣痛が引いてしまっていました!!!
ずーっと、後から気づいた事実でした。
つづく・・・
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